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仙台地方裁判所 平成4年(行ウ)14号 判決

宮城県塩竈市北浜四丁目一五番二〇号

原告

佐藤仁寿

宮城県塩竈市旭町一七番一五号

被告

塩釜税務署長 井上健

右指定代理人

山下隆志

町田弘文

伊藤隆

小野寺匠

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が原告に対して平成四年一二月二五日付けでした酒類販売業免許の条件緩和拒否処分を取り消す。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、「自己が輸入した酒類並びに果実酒類、ウィスキー類、スピリッツ、リキュール類、及び雑酒の卸売販売に限る。」旨の条件が付された輸入酒類並びに洋酒卸売販売業の免許を受けている者である。

原告は、平成四年一月二九日、被告に対し、清酒、しょうちゅう、ビール等酒税法二条二項に掲げる全種類の酒類の卸売販売ができるように、酒類販売業免許の条件緩和の申立てをした(以下、「本件申立て」という。)。

2  被告は、平成四年一二月二五日付けで、原告に対し、右条件緩和を拒否する処分(以下、「本件処分」という。)を行い、これを通知した。

3  本件処分は、正当な理由がなく、違法なものである。

4  よって、原告は、被告が原告に対してした本件処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  1、2項は認める。

2  3項は否認する。

三  抗弁(本件処分の適法性)

1  酒類販売業の免許制度の目的は、酒類販売業者の経営の安定、酒類の需給均衡の維持を通じて、酒税の保全を図ることにある。

すなわち、現行法は、酒類製造者等を納税義務者とし、酒類をその製造場から移出するときに酒税を課し(移出課税(庫出課税)制度)、それが酒税の価格に含まれて販売業者を通じて消費者に転嫁されることを予定している。したがって、酒類製造者等が国へ納付した酒税相当額は、担税者である消費者から酒類製造者等へ確実に回収されなければならない。

もし、業者間の過当競走によって不当廉売が行われ、酒類販売業者の経営が悪化すると、酒類製造者等の販売業者に対する売上代金の回収が困難となるため酒類製造者等の経営の破綻を来し、酒類製造者等による酒税の納付が不確実になり、酒税の保全が図られなくなる。

そこで、酒類販売業者の乱立を防止して、取引秩序を維持する必要がある。

さらに、致酔飲料としての商品特性を持つ酒類については、アルコール依存症の蔓延等、飲酒による種々の社会問題を防止するという、国民福祉の観点からも秩序ある供給を図ることが要請される。

2(一)  酒類販売業免許を付与するにあたり、酒税法一一条は、「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持するため必要があると認められるときは、販売する酒類の範囲もしくはその販売方法について条件を附することができる。」(一項)、「その必要がなくなったときは、その条件を緩和し、又は解除しなければならない。」(二項)旨規定する。

そこで、被告は、原告の本件申立てに対し、酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるかどうかの要件(以下、これを「酒税法上の要件」という。)を判断して処理することとした。

(二)  本件申立てにおける、酒税法上の要件の判断は、平成元年六月一〇日付間酒三-二九五国税庁長官通達「酒類の販売業免許等の取扱いについて」の別冊「酒類販売業免許等取扱要領」(以下、「免許取扱要領」という。)第5章第6の規定に基づき、酒税法一〇条一一号の定める新規免許付与の場合の、免許取扱要領第3章第4の1の(3)の需給調整上の要件(以下、「需給調整上の要件」という。)によることとされている。

酒税法上の要件は、一種の不確定概念であり、その判断に当たって、税務署長の恣意的な判断を排除し、公平でかつ統一された執行を適正に行うため、国税庁長官が、免許の取扱事務について具体的かつ詳細に定めたものが免許取扱要領(乙第二号証)である。これは公開されている。

免許取扱要領第3章第4の1の(3)は、需給調整上の要件の具体的内容を定めている。

(三)  本件申立ての処理は、右免許取扱要領第3章第4の1の(3)の本書き規定により行われた。

その需給調整上の要件の具体的内容は次のとおりである。

(1) 卸売販売地域の設定

需給均衡とは特定の地域における需要と供給の均衡を意味するので、需給調整上の要件を検討するに当たっては、地域単位として、卸売販売地域を設定しなければならない。免許取扱要領第3章第1の2によれば、卸売販売地域は、原則として、税務署管轄区域を一単位として税務署長が設定する。

なお、申請人の予定販売地域が多岐にわたる場合においては、需給調整上最も影響を与えると認められる地域を卸売販売地域に設定して需給調整上の要件の検討を行えば足り、申請人の予定販売地域全部について検討を行う必要はない。なぜなら、全酒類卸売業免許は、免許付与後の販売地域を限定するものではないので、申請人の予定販売地域全部について需給調整上の要件を検討し、そのうち一単位地域でも免許可能場数があれば申請人に免許を付与するものとすれば、それ以外の販売地域において酒類の需給均衡の維持に支障を来すこととなるからである。そして、個々の申請事案において、いずれの地域を卸売販売地域として設定するかは、申請人の事業規模、予定販売先の所在地等、諸般の事情を総合考慮し、免許を付与した場合に行われるであろう卸売取引の実態に則して、所轄税務署長がその合理的裁量に基づき設定することができる。

本件において、被告は、宮城県塩釜税務署管轄区域を卸売販売地域として設定した。これは、原告が主張する予定販売先につき取引の実現可能性が判断できなかったこと、遠隔地の予定販売先への販売は原告の事業規模、資金力等からみて経済的合理性を欠き、かつ遠隔地の取引先が原告から仕入れる必然性を認めがたいことから、原則に戻って、申請販売場の所在する塩釜税務署管内を卸売販売地域として設定したものであり、右判断は十分な合理性を有する。

(2) 免許取扱要領第3章第4の1の(3)の本書き規定は、酒税法上の要件の判定の公平かつ統一的な執行を確保するために形式的な判断基準を示しており、この基準が満たされなければ、「酒税法上の要件」が具備されたとはいえないものとしている。

右規定には、塩竈市に関係するものとして、「〈1〉 申請販売場の卸売販売地域内に所在する既存の全酒類卸売業者の販売場(休業場を除く。以下、「既存卸売販売場」という。)から、その地域の全酒類卸売基準数量の五倍以上の数量の販売実績を有する大規模な既存卸売販売場(以下、「大規模卸売販売場」という。)を除外した残りの既存卸売販売場の最近の一年間における総卸売数量に、酒類消費数量(酒類製造者及び酒類販売業者が消費者又は料飲店営業者に対して販売した酒類の数量をいう。)の増減率(申請販売場の卸売販売地域内における最近一年間の酒類消費数量の、その前一年間の酒類販売消費数量に対する割合をいう。)を乗じて算出される数量を、その販売場の数に申請販売場数を加えた数で除して得た数量、又は、〈2〉 卸売販売地域内に所在する既存の酒類小売販売場の最近一年間における総小売数量に酒類消費数量の増減率を乗じて算出される数量を、既存卸売販売場数に申請販売場数を加えた数で除して得た数量との、いずれか少ない方の数量が、全酒類卸売基準数量を二倍した数量以上となる場合には、免許を付与する。」旨定められ、次の算式が示されている。

免許後1場当たり販売見込数量

〈省略〉

(三)  右算式の合理性

(1) 右算式の右辺の全酒類卸売基準数量とは、当該卸売地域内に存する販売場の全てが健全な経営を営み、ひいては酒税を保全するために最低限必要であると考えられる販売場一場当たりの年金販売数量の値である。

全酒類卸売基準数量は、昭和三八年に塩竈市など大都市以外の地域については二七〇キロリットルとされた(免許取扱要領第3章第4の1の(1)のロの(ロ)のA)。

その後本件処分に至るまで、卸売基準数量の見直しは行われておらず、昭和三八年以降の酒類の消費量及び卸売販売場一場当たりの販売数量の伸び等を考慮すると、本件処分において卸売基準数量として採用した二七〇キロリットルは、本件処分時点においては相当に控え目な数値であるということができる。

また、卸売基準数量の二倍を右辺としているのは、卸売販売場の規模の大小にかかわらず、全ての卸売販売場が健全な経営を営むためには、その年間販売数量の平均値が卸売基準数量の二倍を超えている必要があると考えられるからである。

(2) 右算式の左辺は、仮に当該申請者に対して新たに全酒類卸売業免許を付与した場合の、免許付与後の卸売販売場一場当たりの販売見込数量を、〈1〉は卸売数量を基準として、〈2〉は小売数量を基準として算出したものであり、〈1〉と〈2〉のいずれか少ない方の数値が、右辺の全酒類卸売基準数量の二倍を超える場合には、申請者に新たに全酒類卸売業免許を付与しても、当該卸売販売地域内の酒類の需給を破ることはないと考えられることから、免許付与の一応の基準として右算式が設定されているものである。

次に、右算式の左辺において、申請人に仮に免許を付与した場合の当該卸売販売地域内の販売場一場当たりの年間販売見込数量を算定するに当たり、〈1〉卸売数量を基準にした場合と、〈2〉小売数量を基準にした場合のいずれか少ない方の数値をもって右辺の卸売基準数量と比較することとしているのは、卸売数量の中には当該地域の卸売業者から他の地域の小売業者に販売された数量を含み、小売数量の中には他の地域の卸売業者から当該地域の小売業者が仕入れた数量及び生産者から直接仕入れた数量を含むため、できる限り実態に則して検討するために〈1〉と〈2〉の少ない方の数値をもって左辺とするのが相当であると考えられるからである。

なお、〈1〉の左辺において「大規模卸売販売の卸売場数量」及び「大規模卸売販売場数」を減じているのは、一般に既存の大規模卸売販売場は新規参入によって経営状態等に受ける影響の度合が少ないと考えられることから、当該地域に適用される卸売基準数量の五倍以上の販売実績を有する販売場を大規模卸売販売場として計算から除くことにより、真に当該地域の酒類の需給均衡の維持に支障を生ずるか否かを適正に審査しようとしたものである。

以上のとおり、前記算式は、申請人に仮に全酒類卸売業免許を付与した場合に当該卸売販売地域の酒類の需給均衡に与える影響を適正に審査しうる内容であるばかりでなく、卸売基準数量は申請人に有利な数値となっているものである。

(四)  以上のとおり、免許取扱要領の定めは、酒税法一一条の運用基準として十分な合理性を有するものである。

4  右要件を本件申立てに照らして検討した結果は、次のとおりである。

(一) 既存卸売販売場数及びその卸売総数量について

既存卸売販売場とは、前記のとおり、卸売販売地域内に所在する既存の全酒類卸売業者の販売場から休業場を除いた販売場をいうが、休業場として扱われるのは、一年以上引き続き酒類の販売を行っていない販売場のほか、過去一年間の販売実績数量が、卸売販売地域内における全酒類卸売業免許にかかる販売場一場当たりの平均販売数量の一〇パーセントに相当する数量未満である販売場である(免許取扱要領第1章第1の8)。

塩釜税務署管内の既存卸売販売場は別紙1記載のAないしIの九場である(なお、被告は酒類販売免許を申請した業者の名称について守秘義務を負うので、公開できない。)。ここには平成四年一月二九日の原告の本件申立てまでに、全酒類卸売業免許の申請をして審査中の先順位者(平成三年一二月一〇日に全酒類卸売業免許の申請をした者及び平成四年一月八日に条件緩和の申立てをした者)の二場が含まれている。

その卸売総数量は、別紙1記載のとおりである。これによると平成三年一月から同年一二月までの間における全酒類卸売販売場の卸売総数量(右先順位の免許申請者の販売見込数量を加えている。)は、一万六八〇八キロリットルである。これを販売場数九で除して、一場当たりの平均販売数量を計算すると一八六七キロリットルとなるが、その一〇パーセントに相当する数量一八六キロリットル未満の販売場が一場認められ、その卸売数量は六三キロリットルである。

したがって、既存卸売販売場数は八場、その卸売数量は一万六七四五キロリットルとなる。

(二) 大規模卸売販売場数及びその卸売数量について

大規模卸売販売場とは、申請販売場の卸売販売地域の全酒類卸売基準数量二七〇キロリットルの五倍(一三五〇キロリットル)以上の数量の販売実績を有する大規模な既存卸売販売場とされている。

塩釜税務署管内には、大規模卸売販売場が四場認められ、それらの卸売数量は一万四五一七キロリットルとなる。

(三) 増減率について

増減率とは、前記のとおりであるが、塩釜税務署管内では、別紙2記載のとおり、最近一年間(平成二年度)の酒類消費数量は一万六九二三キロリットル、その前一年間(平成元年度)の酒類消費数量は一万四六四三キロリットルなので、増減率は一一五・五七パーセントとなる。

(四) 既存小売販売場の小売数量について

既存小売販売場の小売数量とは、申請販売場の卸売販売地域内に所在する既存の酒類小売販売場の最近一年間における総小売数量をいう。

塩釜税務署管内における平成二年度の既存小売販売場の小売数量は、別紙2記載のとおり、一万六八六二キロリットルである。

(五) 以上の検討結果に基づいて、右免許取扱要領の需給調整上の要件の算式を当てはめて計算すると、次のとおりである。

免許後1場当たり販売見込数量

〈省略〉

(六) 右のとおり、〈1〉については五一五キロリットル、〈2〉については二一六六キロリットルとなり、少ない方の〈1〉の数量五一五キロリットルは、全酒類卸売基準数量(二七〇キロリットル)を二倍した数量五四〇キロリットル未満となる。

したがって、原告に免許を付与した場合の免許後一場当たり販売見込数量は右算式が定める要件を満たさないことになる。

そこで、被告は本件処分を行ったのである。

5  以上のように、右算式は酒税法一一条の運用基準として十分な合理性を有するのであるから、本件処分が右算式に従ってなされている以上、被告に裁量権の濫用・逸脱の違法は認められず、本件処分は適法である。

四  原告の主張

1  酒税販売業免許制度の違憲性

酒税の保全という、酒税法の立法趣旨からは、酒類製造業者に関して需給関係の適正を考慮すれば足りるのであり、流通業者についてこれを考慮する必要はない。このことは、同じ庫出税である揮発油税に関しては、税金の保全が要件とされていないことに照らしても明らかである。したがって、酒税法一〇条及び一一条は不当に私人の権利を制限するもので、憲法二二条一項に違反する。

2  通達に依拠した本件処分の違法性

通達は、行政組織の内部規範にすぎないので、免許付与の判断が、免許取扱要領に示された形式的な基準に依拠するからといって、本件処分が適法であるとはいえない。

また、免許取扱要領は、行政組織の内部規範に過ぎない通達によって憲法上の人権である職業選択の自由を制約するものであり、許されない。

3  免許取扱要領の違法性

(一) 免許取扱要領は、税務署の管轄区域ごとに卸売販売地域を設定しているが、販売業者は税務署の管轄を越えて仕入れ、販売することが通常であるから、それには合理性がない。

(二) また、床面積が一万平方メートル以上の大店には需給調整上の要件にかかわらず酒類販売業免許を付与するものとされているが、これは大資本業者を不当に有利に扱い、一般の小売業者を不当に不利益に扱うものである。

(三) 免許取扱要領は、全酒類卸売業免許とビール卸売業免許について需給調整上の要件を必要とし、輸入酒類卸売販売免許と洋酒の卸売業免許について需給調整上の要件を必要としていない。しかし、酒税の保全場の必要をいうのならば、酒税額の高い輸入酒、洋酒こそ要件が必要なはずであって、酒税額の低いしょうちょう・清酒・みりん、容量の割りには酒税があまり高くないビールに、酒税の保全上の必要性があるというのは無理があり、免許取扱要領には、酒税法の解釈に重大な誤りがある。

(四) 酒税の保全上の必要をいうならば、販売キロリットルを単位とするのでなく、それを酒税額に換算した額で論じるべきである。

4  本件処分の違法性

(一) 本件において、塩釜税務署管内の全酒類卸売業者名が公表されていないので、被告が本件処分において使用したと主張する卸売数量の数値は信用性がない。

(二) 免許取扱要領でいう「既存の全酒類卸売業者」とは、その文言から、全酒類卸売業免許をもつ業者ではなく、全ての卸売業者を指すものと解するべきである。

原告は、平成二年度より輸入酒類の卸売販売者として営業しており、これに含まれるので、新規の申請販売場数に含むべきではない。したがって、本件申請にかかる販売場を新規の申請販売場数として扱った本件処分は不当である。

(三) 本件処分では、免許予定の業者も、既存卸売業者として需給調整上の要件の判断において考慮されているが、このような免許予定の業者は存在しない。免許申請は年度内に処理することとされていること及び原告の本件申立てが平成四年一月二九日に行われたことに照らすと、同月一日ないし同月二九日の間に免許予定の業者が存在したとは考えられず、原告の申請後に申請があった者を、原告の先順位の者として扱っているものと考えるのが自然である。

また、免許予定の業者がいたとしても、それらの者が現に営業していない以上、その予想販売量を考慮することは不当である。

さらに、免許予定の業者について、販売実績から推測される年間販売見込数量ではなく、販売予定数量をそのまま考慮した点も不当である。

(四) 被告は、酒類販売業免許の付与に関し、元税務署職員が天下りをした大手業者を特に有利に扱っており、本件処分も恣意的に行われたことが明らかである。

5  理由付記の不備

被告の原告に対する平成四年一二月二五日付け酒類販売業免許の条件緩和拒否通知書(以下、「本件通知書」という。)は、拒否処分の理由として酒税法一〇条一一号の抽象的な規定を掲げたにとどまり、具体的な事実関係や判断の理由を明らかにしていないので、理由付記の不備がある。これは、手続的な瑕疵にとどまらず、本件処分を実体的に違法なものとするものである。

五  被告の認否

すべて争う。

第三当裁判所の判断

一  請求の原因1、2項記載の事実は当事者間に争いがない。

二  本件処分の適法性について判断する。

1  乙第一号証ないし第九号証(以上、枝番を含む。)、証人笹原博、原告本人の各供述及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、原告からの本件申立てについて、酒税法一一条に基づく判断をすることとなり、その需給調整上の要件の判断に当たっては、具体的な判断基準についての国税庁長官通達である免許取扱要領によることとし、その第5章第6の規定に基づき、酒税法一〇条一一号の定める新規免許付与の場合の、免許取扱要領第3章第4の1の(3)の需給調整上の要件につき検討した。

なお、免許取扱要領の内容は、被告主張のとおりである。

(二) 被告が検討した需給調整上の要件の具体的内容は次のとおりであった。

(1) 卸売販売地域とは、全酒類卸売業免許又はビール卸売業免許の販売場数と全酒類又はビールの消費数量のそれぞれの地域的需給調整を行うために設ける地域単位であって、原則として、税務署管轄区域一単位として税務署長が設定することとされている(免許取扱要領第3章第1の2)。

本件の卸売販売地域の設定に当たっては、原告の申立てにかかる酒類販売場(以下、「申請販売場」という。)は塩竈市内に存在したこと、原告の本件申立書の添付資料・得意先別年間販売計画表に、販売先として、塩竈市内で営業している佐藤ヨシコ(原告の母)のみの名の記載があったこと、後に原告は販売計画表を追完し、そこには販売先として神奈川県から青森県までの一〇場の記載があったが、具体的な取引先の記載はなく、また、被告が、平成四年二月一四日、原告の申立てにかかる塩竈市所在の申請販売場の現地調査をしたところ、申請販売場では現に広範囲に酒類販売を行っているような形跡が認められなかったため、被告は、原則的に申請販売場を管轄する税務署管内を卸売販売地域とする例に倣い、塩釜税務署管内を卸売販売地域とした。

(2) 次いで、被告は、免許取扱要領第3章第4の1の(3)の算式に示されている需給調整上の要件につき検討した。問題となったのは、次の各点であった。

〈1〉 既存卸売販売場数

原告の本件申立ての当時、塩釜税務署管内には、既存卸売販売場は七場あった。

しかし、本件申立て以前の平成三年一二月一〇日に全酒類卸売業免許の申請をした者及び平成四年一月八日に条件緩和の申立てをした者がいた。本件申立て調査当時、右二件に対する免許調査はすでに終了し、被告は、右二件ともに免許付与相当として、仙台国税局長に対する上申を準備中であった。

そこで、被告は、右二件の、免許申請書の添付書類により、年平均販売予定数量を相当と確認した上、右二場を加え、塩釜税務署管内の全酒類卸売業者を九場として(なお、右二件は、平成四年五月及び同年一二月に免許が付与された。別紙1記載のHとIである。)。

〈2〉 卸売総数量

被告の内部資料によれば、右九場の卸売総数量は、別紙1記載のとおりであった。

別紙1記載のHとIの内、Hは大規模卸売販売場に該当し、右算式から除外されることが明らかな業者であり、Iの販売予定数量二七六キロリットルは卸売基準数量二七〇キロリットルをわずかに超えるだけであるから、その販売予定数量の設定は合理的であった。

なお、免許取扱要領では、過去一年間の販売実績数量が、全酒類卸売業免許にあっては卸売販売地域内における販売場一場当たりの平均販売数量の一〇パーセントに相当する数量未満である販売場を休業場として取り扱い、既存卸売販売場数から除くこととしている。

本件においては、全酒類卸売業免許の卸売販売地域内における一場当たりの平均販売数量は一八六七・五六キロリットルであり、その一〇パーセントは一八六・七六キロリットルであるところ、別紙1記載Fは六三キロリットルでこれに満たないので、休業場とされ、既存卸売販売場は八場となる。

〈3〉 確定された、既存卸売販売場数と卸売総数量

以上により、既存卸売販売場数は、九場から一場を除いた八場と、卸売総数量は、総数量一万六八〇八キロリットルから六三キロリットルを除いた一万六七四五キロリットルと確定された。

〈4〉 大規模卸売販売場数とその卸売数量

塩釜税務署管轄区域において、卸売数量が、全酒類卸売基準数量の二七〇キロリットルの五倍(一三五〇キロリットル)を超える大規模卸売販売場は、別紙1記載のA、B、G、Hの四場であり、その卸売数量は、一万四五一七キロリットルである。

〈5〉 増減率

塩釜税務署管轄区域においては、別紙2記載のとおり、平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの間の酒類消費数量は一万四六四三キロリットルであり、平成二年四月一日から平成三年三月三一日までの間の酒類消費数量は一万六九二三キロリットルであるから、増減率は、一一五・五七パーセントである。

(三) 以上の数値に基づいて、免許後一場当たりの卸売販売見込数量(小数点以下四捨五入)は次のとおりとなる。

〈省略〉

(四) また、既存小売販売場の小売数量は、別紙2のとおり、一万六八六二キロリットルであり、増減率は一一五・五七パーセントであり、既存卸売販売場数は八場であるから、〈2〉の算式に基づく計算をすると次のとおりとなる。

〈省略〉

(五) 被告は、右〈1〉の算式の卸売販売見込数量は、免許取扱要領の基準を満たさないため、原告の本件申立てを却下する本件処分を行った。

2  酒類販売免許制度の合憲性・免許取扱要領の合法性

(一) 酒類販売免許制度の合憲性

租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための職業の許可制による規制については、その必要性と合理性についての立法府の判断が、右の政策的技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限り、憲法二二条一項に違反するということはできないものであるところ、酒税法による酒類販売免許制度は、その必要性と合理性において右のような政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であるとはいえないというべきであり、かつ、酒税法一一条の具体的な免許基準である需給調整上の要件は、一定の販売区域内における酒類の需要量については酒類販売業者及び酒類卸売業者の営業努力によっては克服することの困難な一定の限界があると考えられることから、酒類卸売業者が乱立することにより過当競争を招き、経営不安定となる販売業者が生じて、酒類製造業者等において酒類販売代金の回収が困難となるという事態を防止し、もって酒税の確実な賦課徴収を実現するために定められたものと解することができ、この規制措置は、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという酒類の販売免許を採用した趣旨に照らして合理的なものということができる。

そうすると、酒税法一一条による酒類販売業の免許規制は、憲法二二条一項に違反するとはいえない(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号二八二九頁、東京高等裁平成六年一月二七日判決・訟務月報四一巻三号四七五頁参照)。

(二) 免許取扱要領の合法性

(1) 酒税法一一条に規定する酒税法上の要件は、税務署長の認定判断を経ることを予定している規範的要件である。

そこで、国税庁長官は、酒類の販売業免許事務について、公平でかつ統一された執行を適正に行うため、その具体的な運用について、免許取扱要領を定め、税務署長の恣意的な判断を排除している。

そうすると、免許取扱要領の定めが酒税法上の要件の解釈として相当である限り、本件申立てについて、免許取扱要領に基づき判断した本件処分が、それのみにより違法となることはない。

(2) 免許取扱要領第3章第4の1の(3)は、需給調整上の要件の判定につき、卸売数量と小売数量についての二つの要件を規定し、いずれの要件も充たさない限り、酒類販売業免許の条件を緩和しない扱いとし、かつ、右二つの要件に合致する場合であっても、新たに条件を緩和した場合に酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来すおそれがあると認められるときは、条件を緩和しないこととしている。卸売数量と小売数量についての二つの要件は、いずれも極めて形式的な基準であるから、免許取扱要領が、これらの要件のみによることなく、既存の酒類卸売業者の経営実態、酒類の取引状況等の諸事情を考慮して、申請者の酒類販売業に付された条件を緩和すれば酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来すおそれがあるか否かを実質的に判断すべきものとしていることは、酒税法の趣旨及び酒類販売業免許制度の目的等から考えて、酒税法一一条の運用基準として合理的で相当なものと認められる。

3  以上によれば、原告の本件申立てについて、免許取扱要領に従って判断し、その要件を満たさないとしてこれを却下した本件処分は適法といわなければならない。

三  原告の主張につき判断する。

1  原告の主張1、2については、右に認定判断したとおりである。

2  原告の主張3について

(一) (一)について

需給調整上の要件の判断に当たっては、需給調整を行うための地域単位を設定しなければならない。免許取扱要領は、酒税の徴収が税務署ごとに行われることに鑑み、税務署ごとに卸売販売地域を設定し、定型的に、需給調整上の要件の有無を判断しようとしているものであるから、これには一応の合理性があるといわなければならない。

(二) (二)について

原告主張の「床面積が一万平方メートル以上の大店」とは、免許取扱要領第2章第2の2の大型店舗酒類小売業免許にいう「大型店舗」を指すものと考えられるところ、確かに、原告主張のとおり大型店舗については全酒類卸売業免許と同一の需給調整上の要件は規定されていない。

しかしながら、需給調整上の要件は、免許申請人の経営の基礎を判断して酒税の保全を図る目的であるところ、床面積が一万平方メートル以上の大型店舗については酒税の保全を図るために必要な経営の基礎が、通常、定型的に存在すると認められるという点から、大型店舗については全酒類卸売業免許におけると同一の需給調整上の要件を判断基準とする必要は必ずしも認められないこと、大型店舗酒類小売業免許においては、全酒類卸売業免許と異なる内容の需給調整上の要件が規定されていること(免許取扱要領第2章第4の1の(2))を合わせ考えると、大型店舗について全酒類卸売業免許と同じ需給調整上の要件を判断基準とせずに酒類小売業免許を付与することとした免許取扱要領の右規定が不当のものであるということはできない。

(三) (三)について

原告の立論の前提事実(たとえば、ビール等よりも輸入酒・洋酒にこそ酒税の保全上の必要性がある。)を認めるべき証拠がなく、原告の主張は理由がない。

(四) (四)について

酒税は消費税の一種であるところ、消費税の課税標準を決定する方法として、〈1〉 課税物品の数量を標準とする従量課税と、〈2〉 課税物品の価格を標準とする従価課税の二種類があるとされる。消費税は物が消費されるという事実の背後に担税力があると考えて課税するものである点を考慮すると、課税対象物の価格に応じて税負担を求めることができる従価課税によることも考え得るところであろう。しかし、従価課税には価格の確定等の点で実際上の難点があるところから、酒税法は、課税方法が簡明で、納税手続が容易である〈1〉の従量課税を採用しているものと考えられる。

このように、酒税法が従量課税を採用していることに不合理な点はなく、原告の主張は理由がない。

3  原告の主張4について

(一) (一)について

被告は職務上知ることのできた秘密を公開することを禁止されており、他方、個々の業者名からは切り離されているものの、各業者についての数値の正確性は、右数量につき職務上の権限に基づき書面の作成に当たった証人笹原博の供述等により認めることができるから、本件において、個々の業者名等を公表しない一事をもって全酒類卸売業者の卸売数量が不当なものということはできない。

(二) (二)について

免許取扱要領第3章第2の1は、「全酒類卸売業免許」という用語を、すべての種類の酒類を販売することができる酒類卸売業免許(輸出入酒類卸売業免許及び特殊酒類卸売業免許を除く。)と定義し、「全酒類卸売業免許」という用語を酒類販売業免許の一類型を意味する特別な用語として使用していること等からすれば、「既存の全酒類卸売業者」とは、既に存在する、全酒類卸売業免許をもつ業者の意味に解するべきであり、原告の主張は理由がない。

(三) (三)について

免許取扱要領には、免許付与又は条件緩和が予定されているがまだ処分がなされていない卸売業者を考慮する旨の規定はない。

しかしながら、需給調整上の要件は、前記のとおり、申請人に対し新たに酒類販売業免許を与えた場合又は条件緩和処分をした場合に需給の均衡がはかられるか否かを問題にするものであるから、その判断は、申請人に対する免許付与の時点を基準とするのが相当である。そうすると、原告に対する条件緩和の時点で営業が予想される業者を既存卸売業者として需給調整上の要件を判断する際に考慮したことは許されるというべきである。仮に、免許が付与されて現に営業中の業者のみを需給調整上の要件において考慮すべきであって、免許付与又は条件緩和が予定されているがまだ処分がなされていない業者を考慮してはならないとした場合、全員に免許付与又は条件緩和がなされ、結果的に、需給均衡上の要件が充たされない結果がもたらされることにもなりかねないからである。

本件における二件については、被告は、すでに免許調査を終了し、右二件ともに免許付与相当として、仙台国税局庁に対する上申を準備中であったため、右二場を全酒類卸売業者に加えたこと、その内、一場は大規模卸売販売場に該当し、需給調整上の要件の算式から除外されることが明らかな業者であり、他の一場の販売予定数量二七六キロリットルは卸売基準数量二七〇キロリットルをわずかに超えるだけで、販売予定数量の設定は合理的であったことは、前認定のとおりである。

そうすると、被告が、原告に対する免許付与の時点で営業が予想される卸売業者を既存卸売業者として需給調整上の要件を判断する際に考慮したことは、酒税法の解釈として合理的であるといえる。

(四) (四)について

原告は、被告が、元国税庁の職員であった者が天下りをした業者を不当に有利に扱ったと主張するが、このような扱いが行われたと認めるに足りる証拠はない。

4  原告の主張5について

原告は、本件処分の理由付記が不十分である旨主張する。

甲第二号証によれば、被告の原告に対する本件通知書には、条件緩和拒否の理由として、「あなたの酒類販売業の条件を緩和した場合には、酒類の需給の均衡を破り、ひいては、酒税の確保に支障を来すおそれがあると認められることから、酒税法第一〇条第一一号に規定する「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があると認められる場合」に該当します。」旨記載されていることが認められる。

法律によっては、当該行政処分に理由を付記すべきものと明文で定めているものがある。そのときの記載すべき理由の程度は、処分の性質と理由付記を命じた当該法律の規定の趣旨・目的に照らして判断されることになる。

酒税法においては、同法二一条の免許等の通知において、理由の付記を要求していない。そして、本件処分の酒税法上の理由は、本件通知書に記載の理由に尽きているものと言える(本件通知書に酒税法第一〇条第一一号とあるのは、本件において被告が判断根拠とした免許取扱要領第3章第4の1の(3)の本書き規定の実質的な根拠条文を摘示したもので、正確には同法一一条一、二項とすべきであったと判断される。)。

そうすると、本件通知書の理由の記載は違法とすべき点はなく、原告の主張は理由がない。

5  以上によれば、原告の主張はいずれも理由がない。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本慶一 裁判官 大野勝則 裁判官 関述之)

別紙1

塩釜税務署管内の全酒類卸売業者の卸売数量

〈省略〉

別紙2

塩釜税務署管内の消費数量

〈省略〉

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